F1 との出会い
F1との出会い。今回はこのお題でいきたいと思います。
気がつけば今になっても興味があって、観ているのが不思議なぐらいです。もちろん、今日に至るまで、ものすごく熱中した時もあれば、流す程度しか観ない時もありました。
学生の頃から今、社会人になってまでの長い年月。こんなに長く興味を持っていたんだなと。
1987年 地上波放送
最初、振り返れば1987年となります。本当に昔、昔のお話です。
フジテレビの地上波での放送でした。深夜の放送。地上波でF1が放送してるなんて、最近F1を知った方には考えられないだろうと思います。プロ野球と同じく、あの頃はネットも普及してないし、有料チャンネルのケーブルテレビ放送もまだサービスがないような時代だったから。すべてが地上波のテレビ放送時代でした。
当時はまだ中学生だった頃になります。ちょうど深夜のテレビに興味を持つようになって、夜更かしてはいろいろなテレビを見ていました。 そんな中、ある日の日曜日の深夜。同じように深夜にテレビを見ていて偶然チャンネルを変えたところにF1の放送がはじまろうとしていました。
F1好きの方ならご存じ。Tスクエアさんのあの曲「TRUTH」が流れてきました。あの曲を聞くとなぜか今でもワクワクしてきます。F1のイメージにあった代表する曲だと思います。長年、F1とTスクエアさんの 「TRUTH」を聞きすぎて、あの曲を聴くと過去のF1のシーンをたくさん思い出してしまいます。
- モナコでのラスト数周、マンセルとセナの接戦。
- 鈴鹿での2度のセナ、プロストの激突。
- 鈴木亜久里さんの鈴鹿表彰台。
- 中嶋悟さんの雨のオーストラリア。
数々のシーンを今でも思い出します。
開幕戦のブラジルグランプリでした。
放送がはじまって、スタート前の各チームのいろいろな情報が流れてきます。記憶が間違ってなければ今宮さん、川井ちゃんとの出会いはここから。それまでF1のことを全く知らなかったので、何を言っているのか意味がわかりませんでした。まるでラグビーのルールを聞いてもよくわからないみたいな感じでしょうか。
中嶋悟さん・ホンダとの出会い
そんな中、ロータス・ホンダというチームに、日本人F1ドライバーとなった中嶋悟さんが参戦していることを知りました。私にとって世界のスポーツで闘う日本人は、大リーグに挑戦した野茂さん、イチローさん、ダルビッシュさんではなく、やはり中嶋悟さんかもしれません。
余談ですが、ロータス・ホンダのエースドライバーは、セナです。
世界に挑戦する日本人。
世界という視野を広げることができたのがF1であり、中嶋悟さんであり、F1に挑戦しているエンジンメーカーのホンダでした。あの時の衝撃は忘れられません。全てが魅力的に見えました。私にとっての世界。グローバル。そんな事をはじめて実感した時でもありました。
そして深夜、眠たさの中で「中嶋悟さんがんばれ!」「ホンダエンジンがんばれ!」と応援しながらF1ブラジルグランプリをテレビ観戦したのが、私にとってのF1への興味を持つスタートとなり、気がつけば今に至ります。そして、はなてブログまで繋がっています。
ご一読ありがとうございました。また次回続きを。
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